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あの日の紅茶の味


 これがボクの使命だと、もう何度も繰り返した。



 爆音が鳴り響く。ビリビリと響く音に、決して遠くはないと確信する。バンカーがバトルでもしているのだろう。音がした方から、一般人が逃げてくるのが見えた。
「店長さんも! ここは危険です……!」
 走ってきた女性が、酷く取り乱した様子で声を掛けてきた。その言葉に、アンチョビは取り乱す様子は見せず、けれど、忠告に従うように答えた。



「町中で遭遇するのは、何も出来なくてバツが悪いな……」
 アンチョビは一人呟いた。この数百年後の世界で、彼はバンカーであることを隠して生きてきた。例え目の前で戦うバンカーを見付けても、どうこうすることはしないし、出来ない。できる事と言えば精々、逃げ遅れた人を助けることくらいである。現に、今回も、騒ぎで母親とはぐれ動けなくなっていた少女を抱き上げて避難させた。少女の母親には感謝され、周囲の人には、『流石、店長さん』だなどと言われて。
 そうして、人知れず、バトルの現場へと足を運び、死角から、バンカーたちの能力を窺った。幼い少年バンカーと、巨体のバンカーが戦っている。いずれも、アンチョビからすれば、大した使い手ではなかった。
 周囲を見渡しても、避難は完了しており、誰もいない。ここで双方を殺してしまってもいいが……、いや駄目だ、これだけの中心街、どこに監視カメラがあるか分からない。そして、それをどのタイミングで誰が見るとも限らない。そう思えば、ここで様子を窺っているのも悪手だと思い、その場を後にすることにした。
 早く仕留めてしまいたいとはいえ、どうせ待っていても、こちらのパン屋に寄ってくれることだろう。わざわざこの町を訪れたということは。精々、互いに戦って消耗してくれ。



 この生活を始めて久しい。時に優しく柔和な青年として、時に、はつらつとした美しい少女として、バンカーを迎え、そして討った。迷いは、なかった。命乞いをする者、あくまで抵抗する者、逃走を図る者、さまざまであった。しかし、結果は同じである。アンチョビは、それ程までに強かった。身体能力や異能が、ではない。その執念が、である。
 わざわざこんな辺鄙なパン屋にまでやってくるような輩である。どいつもこいつに欲に塗れた醜悪なバンカーであった。だから安心して始末できた。これで少し世界は平和に近付けたと思えばいい。
 とはいえ。
 静かで重苦しい、酷く形容し難い不定形な悪夢が、いつも彼に寄り添っていた。
 それでも彼は、彼の世界平和を望んだ。自分を犠牲にすることを、彼は息を吸うように出来たから。



 そうして、今日の客は、いたく小さな背格好だった。歳は10歳と5歳くらいだろうか。昼間、町中で戦っていた少年と、……その弟だろうか。少年の後ろにしがみつくように隠れている。とても戦えるようには見えないが、背中に武器を背負っているからには、弟もまた、バンカーなのだろう。
 とはいえ、バンカーを名乗るには、いささか幼過ぎる気もした。しかしそうか、自分もこれくらいの頃にはバンカーを名乗っていたのかと、アンチョビは考えを改める。そうして、自分も少しばかり歳を取ったのだと思い至る。そして、覚えている。その頃の自分がどんな子供だったか。どんなに無知で、無鉄砲で、何より、残虐性を有していたか。力を振りかざし、無数の命を奪い去った。碌でもないなんてものじゃない。人の所業ではない。そうだ、人ではない、バンカーである。
 そんな子供時代からの地続きの自分が、どんな思想と行動に至っているか、今を以てして感じている。他に方法がないのだ。世界平和の為に、やむを得ないのだ。

 カララン……、と、店のベルの余韻が響いている。
「こんにちは」
 兄の方が、礼儀正しく挨拶をする。臆病そうな弟も、それに続いて小さな声でもごもごと何かを言っている。恐らく挨拶をしているつもりなのだろう。
「いらっしゃいませ」
 臆面なくそう答えると、兄の方が少し不思議そうな顔をして、それから、少し嬉しそうな顔をした。
「よかった、町じゃ食べ物を売ってもらえなくて……、えーっと、このサンドイッチ二つください!」
 あれ程の騒ぎを起こしたのだから、当然と言えば当然だろう。初めの内はバンカーを物珍しがっていた一般人も、今や、バンカーは恐怖の対象である。増してバンカーバトルがあった後だ、今日は閉めた店も多いことだろう。
 あれだけの迷惑を掛けておいて。
「君たちが求めているのは、本当にサンドイッチ?」
「え………?」
 アンチョビは、自分から仕掛けることにした。
「本当に欲しいのは、禁貨なんじゃないの?」
「!? お兄さん、何か知っているんですか!?」
 ほら見ろ、と言わんばかりに、アンチョビは口元に笑みを携えた。
「この辺りに大量に禁貨があるって噂……! もし何か知っているなら教えてください! おれ、どうしても禁貨を集めなくちゃいけなくて! どうしても叶えたい願いがあって!」
「この店にある、……って言ったらどうする?」
「え………」
 アンチョビはポケットから禁貨を一枚取り出すと、それを見せびらかすようにした。手を変形させている為、禁貨がやけに小さく見える。
「!!」
「奥の部屋にまだ大量にあるよ。……欲しいんだろ? 禁貨が。力尽くで奪ってみなよ」
 アンチョビの挑発的な言葉。張り詰めた空気が漂う。兄の方が、背負っている剣を両手に握り、構えた。禁貨となれば顔色を変える。幼くとも、バンカーなのだ。
「………来なよ」
 力の差は歴然とあり、結果も分かり切ったことではあるが、未熟さ故に、この兄弟にはそれが分からないのだろう。
「お前は下がってろ」
「兄ちゃん、でも……!」
「いいから!! お前には荷が重い!!」
 そうして、兄は弟を離れさせると、駆け出した。軽く身構えつつ、一発目は受けてやろうと、振るわれる剣に合わせて手を伸ばす。アンチョビは、少年の剣を何ということなく掴み、
「ぅわ……ッ!?」
勢いに任せて、出入り口へと放り投げる。当然、少年は見事に扉へと身体を打ち付けた。
「……ッぃ、たぁ……!!」
「兄ちゃんっ!」
 投げ飛ばされた兄に、弟が駆け寄った。あまり強く投げ飛ばしたつもりはないが、それでも十分にダメージを与えてしまったらしい。頭から血を流し、なかなか起き上がれずにいるようだ。
「兄ちゃんをよくも……!」
 そうして、今度は弟の方が剣を構えた。
「だめだ……、逃げろ……」
 しかし兄の言葉に耳を傾けず、弟はアンチョビへと向かってきた。
 アンチョビは、聞こえない程度の溜息を吐いてから、次は決めてやろうと、攻撃態勢で踏み込んだ。……が、
「!」
 アンチョビの攻撃が弟の方へ入る瞬間だった。
「兄ちゃ……!!?」
アンチョビの一撃は、弟を庇った兄へと入った。流石に予想していなかった為に狙いがズレたとはいえ、アンチョビの鋭い指先は、兄の方の腹を貫いていた。
 小さく舌打ちして手を引けば、貫いた身体はまるで物みたいに床を転がっていった。
「兄ちゃん!! 兄ちゃん!! 兄ちゃん………」
「早く、逃げろ………」
 尚も、兄は弟に逃げろと言う。

「大切なんだね、弟のことが」

 そうやって守りたいくらいに。
 アンチョビの小さな呟きは、しかしこれも誰にも届くことはなかった。
 隠した両目は、人知れず悲しい色を湛えていた。それでもアンチョビのやることに変わりはない。
 彼らも醜悪なバンカーに変わりないのだと思い改めて、泣きじゃくる弟を鋭く睨みつける。兄は、もうすぐ死ぬだろう。弟の方も殺さねばならない。
「……そっちの君。君も、バンカーだよね」
 そうして、すぐさま弟も殺す心積もりであったが、
「あああああああ!」
なんとその弟は、アンチョビへと向かってきた。といっても足元で、ぽかぽかと、何度も手を振りかざす程度のものである。普通の子供となんら変わらない程度のこと。武器を握ることさえ忘れてしまっているらしい。
 アンチョビは、あっけにとられていた。まさか弟が動けるとは思わなかったのだ。怖いだろうに。
 弟の方がどれ程、歯向かったところで、当然、アンチョビはビクともしない。
「だめだ……、××××……、にげろ……」
 まだ息のある兄の、絞り出すような声が聞こえる。しかしそれは、叫び声を上げる弟には届いていないことだろう。早く始末を付けないと。そう思いながらも、アンチョビは口を開いた。
「君はすごいね。お兄さんの仇であるボクに刃向かえる。力なんてないのに、勝てる訳なんてないのに」
 アンチョビには、思い出す風景があった。あの時、自分はどうだったろうか。
「兄ちゃんをよくも! よくも!」
「逃げなくていいの?」
「兄ちゃんを返せ! この! このぉ…!」
「お兄さんはもう死んじゃったよ。見捨てて逃げなよ」
 逃がすつもりなんてない癖に。
「わあああああ!!! 禁貨で!!! 禁貨で兄ちゃんを生き返らせるんだぁあああ!!!」
「……そう、そっか」
 その気持ちが、世界を破滅へと導くんだよ。
 アンチョビはゆっくりとしゃがみこむと、無慈悲にも、その右手に光剣滅殺を握った。
「え……、……?」
「安心しなよ」

 一人ぼっちにはしないから。



 例え光で構成された異能の剣であるといえど、肉を刺す感触はどうあっても手に伝わる。しかし残念なことに、それに何か思う感性は、とうの昔に置き去りにしてしまった。流れる鮮血、その温度や、確実に失われていく目の前の命にも。効率重視が故に、楽に死なせる方法にも、実は詳しくはない。
 余程、刺しどころが良くなかったのだろう、兄の方はなかなか息絶えず、暫くは弟の名前を呼んでいた。血を吐きながら、涙を流しながら。
「………」
 二人の小さな身体からは、とめどなく血が溢れていた。掃除が大変だ。もう少し考えればよかった。無理矢理にでも奥の部屋に引っ張ってやることも出来たろうに。まあ、今日は町の方でバンカーバトルの騒ぎがあったから、一般の客は来ないことだろう。掃除はゆっくりやればいい。
 アンチョビは、兄の方を抱き上げると、今度こそ絶命したことを確認した。そうして、悲しい足音を軋ませながら、奥の部屋へとその亡骸を横たえさせる。同様に弟も、兄の隣へと。子供の身体は非常に軽かった。不意に、昼間、避難の為に抱き上げた少女のことを思い出す。その体温と重みが同じでも、命の価値までが同じだとは思わない。人間とバンカーは、違う存在なのだから。
 町の人と、自分が違うように。
 これは世界平和の為に必要なことなのだ。

 アンチョビは、ひとしきり掃除を終えると、椅子へと腰を下ろした。その顔は、酷く疲れていた。
 何をするでもなく、ぼんやりと虚空を眺める。何か途方もない気持ちになりながら、目を閉じた。



「アンチョビ、……アンチョビ?」
 聞き慣れた声に、ぼんやりと目を覚ます。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。ぼんやりとしていると、その視界に、他でもない、大切な兄が現れた。
「椅子で寝るのは身体に悪い、疲れてるなら部屋のベッドで寝たらどうだ」
「ん……平気」
 兄からの心配の声に、やんわりと首を横に振る。
「そうか、なら一緒に紅茶でも飲むか? 今、用意する」
 兄の言葉に、何か違和感を抱えながら、けれど、心の底から幸福感が湧いていた。カチャカチャ……と、兄が手際よく用意している。その背中をただ見詰めていた。暖かい室内。どうにも父の姿が見当たらない、また研究に精を出しているのだろうか。
 必死に目を擦りながら待てば、すぐにいい香りが漂ってきた。紅茶のことは詳しくないが、兄が淹れてくれた紅茶だ、きっと美味しいことだろう。
「兄さん」
「どうしたアンチョビ」
 呼べば、背中越しに兄が嬉しそうに答えた。当然のように、優しい声で。そうしてアンチョビもまた、
「何でもない」
柔和な笑顔を浮かべ、いかにも嬉しそうな声で答えた。兄を呼べることが、何故だかこの上なく嬉しかった。先程の違和感は、きっと何かの思い違いだろう。

 間もなくして、トレーにティーポットとカップを載せ、兄が戻ってきた。兄が焼いたのだろうか、小皿に美味しそうなクッキーも添えられていた。
「兄さん、ありがとう」
 ティーカップに注がれる紅茶を見詰めながら、アンチョビは幸せを噛み締めていた。何でもない、こんな景色が、この上なく幸せで堪らない。
 知っている、この香り、この紅茶は兄の紅茶だ。
 ゆっくりとした動作で、ティーカップを持つ。口に運べば、味が、しない。
 そうして、先程の違和感の正体に気が付いた。



「………ッ!!」
 夢だったのだ。
「……何で……ッ! ……こんな、夢……!」
 あまりの疲労感に、椅子に腰を下ろして眠ってしまっていたのだった。そうして見た夢は、この上なく美しくて、この上なく幸福で、この上なく暖かくて………、この上なく残酷であった。きっとこんな夢を見てしまったのは、殺したのが、子供の、兄弟のバンカーだったからだ。
 夢の中、あの姿の兄の、あんなに心からの笑顔を、かつて見たことがあっただろうか。いいや、ある筈がない。共に世界征服の為に時間を費やし、心休まる時間などなかった。兄の願いによって蘇った後の穏やかなひとときは、本当に僅かなものだった。
 けれど………。
「あのとき………」
 あのとき、兄は紅茶を淹れていた。そうして、アンチョビの為に差し出された一杯の紅茶もあった。けれど、その紅茶を一緒に飲む時間さえなく、兄と父は戦場へと向かってしまった。そうして残された紅茶も、アンチョビは、ついぞ、手を付けることはなかった。それどころか、机上の物を落として当たり散らす始末だった。
 あの紅茶を飲んでいなかったから。兄がどんな味の紅茶を淹れるのか分からない。だから先程の夢が夢だと気が付いて、目が覚めてしまった。
「はは………」
 思いを馳せたところで、致し方が無い。自分にはもう、信念があるのだから。世界平和の為に。兄とは道を違えるとしても、こうすることでしか、もう真の平和など、この世界には、訪れないのだ。
 今の自分を、兄が見たらどう思う事だろう。そんなことはどうでもいい。
 それでも。

 あの日の紅茶を、若し口にしていたら、もう少しだけ、あの夢を見ていられたのだろうか。そう思わずにはいられなかった。
 ああ自分は、結局、今も、あんな夢へ思いを馳せているのだと思ったら、涙がこぼれた。先程まで自分が行っていたこととの、あまりの乖離に。自分が殺した兄弟は、どんな景色が見たかったのだろうか、あの兄弟は、どんな切実な願いを持っていたのだろうか。それもきっと、自己中心的なものに他ならないと、どんなに自分に言い聞かせても、どんなに分かった振りをしても、アンチョビの無意識下の心を軋ませてならなかった。
 自分はあの兄弟から、力づくで奪った。他でもない、その命を。あの兄弟にしたことは、かつて自分が奪われた日のことと、まるで同じことのように思われて仕方がないのだ。
 そして、それでも必要なことだったのだと何度でも否定をする。
 自問自答の繰り返し。

 眠っている間に陽は落ちて、窓の外は暗くなっていた。夜はまだ長い。けれど、明日もパンを焼くことを思えば、もう眠った方がいいだろう。
 兄弟が来る前に来た巨体のバンカー含め、今日だけで三人殺した。あと何人だろう、何人殺せばバンカーはいなくなって、世界は平和になるのだろう。

 そうしてアンチョビは、今夜も形のない悪夢に寄り添われて眠るのだった。



END




人様のツイートから着想を得て執筆しました(ご許可頂き済み)。




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